「バチェロレッテ・ジャパン」シーズン4観終わりました。
最終回まで観ました。
安斎勇馬選手が、一番良いポジショニングで番組終了してて良かったなと思います。カップルとして結ばれるより、精一杯頑張ったけど、2番手で終わる方が、一番ファンが増えそうなポジションだと思います。
番組司会者たちも「安斎さんを応援する」と言ってましたが、山崎さんがリードしてるから「応援」してる訳ですよね。これがドラマであれば、強い人がそのまま勝つのではなく、終盤に形勢逆転すると盛り上がるので、そういうワクワク感から、安斎頑張れ的な気持ちになるのではないかな、と思いました。
安斎さんは、里菜さんから実家訪問を断られた時に「俺は、家族に会ってほしいと思う」と言えば良かったな、と思いました。そう言えば、里菜さんは会う事も考えたと思います。しかし、安斎選手は自分の強い気持ちを表現しないのです。「横で笑っていてほしい」とは言いますが。
恋愛下手とかではなく、リアリティショーという枠組で頑張っただけで、里菜さんの事を本気で好きにはなってないんだろうな、と思いました。よく「仕事が楽しくて結婚、恋愛に興味が持てない」などというフレーズがありますが、今の安斎選手はそんな感じがします。
アスリートには旬があると思うので、「気力、体力、運」が充実してる時は、本業に集中したいんだろうなぁと思います。
今まで「バチェロレッテ」に出てきたスポーツ選手はリタイアした人が多く、セカンドキャリアを求めるタイミングで、リアリティショーに出てたと思います。「テラスハウス」には現役バスケ選手も出たりしてましたが。安斎選手は恋がしたいのではなく、売名で出た筈ですが、顔が良い、性格が良さそう、職業と中身にギャップがあるので、視聴者にもウケが良かったのだと思います。
今後、安斎選手の「バチェラー」を観たいかと言えば、興味はありますが、「バチェロレッテ」に出てから「バチェラー」に出ると、イメージダウンになる気がします。一人の女性に愛を捧げていた男が、今度は大勢の女性に囲まれて鼻の下を伸ばしてる感じに見える可能性が高いからです(要はコウコウさんの事です)。
「バチェラー」単体の人は、単にモテる人に見えますが、「バチェロレッテ」に出てからだと、キャラがぶれると言いますか。
里菜さんのバチェロレッテは、今までで一番バランスが良いというか、綺麗で品もあって、出演相手に恋もしていて、良かったです。山崎さんに「我慢しなくていい」と伝えていた時点で、もう勝負あった感じでしたね。寿司ボーイの時は拒否してましたから。
コメディ映画愛好家としては、安斎選手は日本のジョン・シナにもなれる逸材だと思うので、プロレス以外にも色々チャレンジして頑張ってほしいと思います。
「バチェロレッテ」シーズン4観てます
「バチェロレッテ」シーズン4観てます。
今、時間がないので結論だけ書きますが、
安斎勇馬選手がかっこいいので、最後に選ばれてほしい。
今回のバチェロレッテ平松里奈さんは、
26歳で史上最年少なので、特に結婚とか意識しないで、
心惹かれる人を選んだら良いと思います。
山崎至さんを選べば常識的な感性の人だなぁと思いますし、
勇馬さんを選べば「ドラマチック」で楽しい結果だなと思います。
さすがに、どっちも選べない初代パターンではないだろうな、と。
話はずれますが、アマゾンプライムビデオは、
「バチェロレッテ」の現在の最新話を次回予告の部分まで再生せず、
別の作品の頭へ自動で飛ばすのはやめて欲しい。
何度再生しても次回の予告が観れず、
映画『テラスハウス クロージング・ドア』に飛ばされるのです。
この映画に登場したグラドルが、映画の後に、芸能界を引退した件を
思い出して、一気にテンションが下がります。
ドラマ「ラムネモンキー」にハマる
今年の1月からフジテレビで放送されたドラマ「ラムネモンキー」にハマって、ネトフリの配信を繰り返し観ています。少なくとも5周はしています。
第1話のオープニング『未知との遭遇』風の宇宙船が出てくる時点で「最近見ないタイプの懐かしいSF表現だな」と感じました。2話以降もオープニングは、妄想シーンから始まるので、カンフー映画やホラー映画、トレンディドラマ風と「懐かし系の洋画ネタ多数」で、じわじわと心惹かれていきました。
“厨二病”中年の危機から話は始まる
第5話の「秘密結社ジュピターの野望」回あたりからググッと楽しくなり始め、ネトフリで全話配信されている事に気づいてからは、最終回が放送されるまでほぼ毎日「ラムネモンキー」を流し見しながら、生活してました。
中年の主人公3人の現在の設定が、それぞれミッドライフ・クライシス=中年の危機的なものを抱えていて、ハラスメント気質を指摘されて仕事を降ろされたり、順調に出世コースかと思っていたら刑事事件で起訴されたりという、フジテレビの現状そのものを思い出させる部分もあって面白いです。
主役の3人のうち、主演映画やドラマをちゃんと観た事があるのは大森南朋さんだけで、反町隆史さんの作品はほぼ観た事がなく「ビーチボーイズ」と「GTO」(どちらもフジテレビ)のイメージで記憶が止まっています。津田健次郎さんの演技を観たのは「最愛」(TBS)「西園寺さんは家事をしない」(TBS)の2作品のみです。
脚本家の古沢良太さんの作品は「デート〜恋とはどんなものかしら〜」(フジテレビ)は大好きでしたが、大河ドラマの「どうする家康」はピンと来なかったりして、名前は知ってるけれど作風や経歴はよく知らないです。コメディが得意な人という印象で、「コンフィデンスマン」と「リーガルハイ」は有名だと思いますが、前者しか観た事はないです(調べたら両方ともフジテレビでした)。
「楽しくなければテレビじゃない」時代
「ラムネモンキー」の題名の元ネタは、ジャッキー・チェンの映画『ドランクモンキー酔拳』で「酔えば酔うほど強くなる」というのが決めセリフでした。ドラマの主人公3人は中学生なので、お酒ではなくラムネを飲みます。カンフー映画の元祖、ブルース・リーはシリアスな作風ですが、ジャッキー作品はコメディ要素も多く、テレビの洋画劇場でよく放送されていたと記憶します。
映画『ドランクモンキー』には師匠が出てきており、吹き替えでは、小松方正さんが声をあてていた記憶がありますが、wikiによるとフジテレビ版の声優さんだそうです。テレ東は2005年から初放送だそうなので、昭和生まれの人間(=私)にとってのイメージは、小松さんで正解のようです。
また、モンキーと「ガンダーラ珈琲」と白馬といえば「西遊記」。マチルダは三蔵法師で、チェンは悟空、キンポーは猪八戒的なイメージもあるのでしょう。ユンは消去法で沙悟浄になりますね。調べると、三蔵法師の乗る馬も普通の馬ではなく、龍神の子だそうです。
「ラムネモンキー」は「ブラッシュアップライフ」(日テレ)や「不適切にもほどがある!」(TBS)に似て、現在と、過去のあるあるネタが交差する作品です。過去の描写はバブル崩壊前で、日本は世界二位の経済大国というセリフもあり、テレビドラマやレンタルビデオ、洋画も人気があった頃、そして何よりフジテレビがイケイケの時代で「楽しくなければテレビじゃない」というフレーズを思い出させる作品名やキャラクターがたくさん出てきます(1982年〜1993年はフジが視聴率三冠王だったそう)。「1988年のマチルダ」というアカウント名は「1986年のマリリン」という曲名が元ネタかと思います。
昭和の中学生は人数だけは多い
「ラムネモンキー」の主人公3人はいわゆるロスジェネで、バブルの恩恵を受けられなかったが、人口は多い世代です。中学時代の3人のパートを見ていると、NHKの「中学生日記」を思い出します。妄想、ファンタジー部分は同じくNHKの少年ドラマシリーズの雰囲気も感じます。少年ドラマシリーズはSF要素が強めの作品が多かったと記憶しています。
また、松村雄基さんが重要な役で出ているため、「スクール☆ウォーズ」などの大映ドラマ(TBS)も思い出しますね。昔は子供の数が多く、学園ドラマが色々作られていましたが、少子化の影響か「3年B組金八先生」(TBS)も随分前に終了してしまいましたし、スーパー戦隊モノのシリーズも今年、終了するそうです。
大人のキャストは、フジのドラマで印象的な人が多かったです。八郎役の梶原善さんの顔を最初に覚えたのはフジ「王様のレストラン」。水野美紀さんはフジの「踊る大捜査線」で人気が出たけれど、アクションをやりたくて事務所を独立したという話が有名で、今回の役柄は当て書きなのかなと思う部分もありました。白馬役の福本莉子さんもフジのドラマ「全領域異常解決室」が面白かったですし、マチルダ役の木竜麻生さんを初めて観たのは「エルピス」で、カンテレ=フジテレビ系になります。単に、フジ製作のドラマだから、フジテレビに親和性のある人が出てる、という事なのかもしれません。
泣き虫の殺し屋といえば『ニキータ』ではなく『殺し屋1』
主人公3人のエピソードは、大森南朋演じるチェンのパートが一番ツボでした。特に、近藤芳正さん演じる社長に、間違った映画知識で説教されるところが笑えます。近藤さんは、黒澤明の「三匹の侍」と言っていますが「三匹の侍」はフジテレビのドラマで、黒澤作品ではなく『七人の侍』が正しいです。また、小津安二郎を安太郎と言い間違えています。近藤芳正さんは偉そうにしてても憎めない雰囲気がある俳優さんで、前述した「中学生日記」が俳優デビューらしいです。
余談ですが、私が、大森南朋さんを初めて観たのは、映画館で観た『殺し屋1』になります。大森南朋さんがタイトルの『殺し屋1』を演じていたのに、浅野忠信さんだけが宣伝ビジュアルに使われていた事はよく覚えています。現在でも「浅野忠信主演」と書かれているのは、ちょっと不思議です。映画の内容は怖かったので忘れました(すみません)。
当時は大森さんも顔がツルッとしてて、かっこいい雰囲気ですが、今は気を抜いた時の顔がお父さんの麿赤兒に激似な瞬間もあり、映像業界で生きてきたハラスメント気質のおじさんのチェン役が、ぴったりです。
「ラムネモンキー」は、日本のドラマでありながら、銃の描写が複数回、出てくる所も洋画的です。黒江の婆さんが爺さんの形見の銃を振り回した時、銃の扱いに慣れている元日本軍人のランボーが銃身を押さえて奪い取るシーンは、よく考えられてるなと思いました。黒江の婆さんの孫娘である恵子は、大人になった時に銃を構えていましたが、あれは視聴者に婆さんのエピソードを思い出してもらうための工夫だろうなと思います。
それを作れば、誰かがやってくる
ここからは、ドラマのラストについてのネタバレ感想になります。毎回、具体的に名前が出てくる「マチルダ」「ミンメイ」「ジェイソン」「ランボー」「ビー・バップ」などとは別に、この映画の元ネタとして幾つかの映画を思い出しました。
まず、言うまでもなく『ドランクモンキー 酔拳』。いつも酔っ払ってる八郎が実は与太者ではなくヒーロー的なキャラクターだったというのは、これが元でしょう。あだ名の由来になった、たこ八郎さんはパンチドランカーでしたね。
次に、主人公3人が宇宙船の光と勘違いした「ぐるぐるぐる」のサーチライト。あれは『バットマン』のバットシグナルに似ています。八郎は二重生活をしているという点でバットマンに似ていますが、町奉行なのに普段は遊び人のふりをしている遠山の金さんにも似ています。
最後は『フィールド・オブ・ドリームス』。「それを作れば、彼がやってくる」というキャッチコピーが有名なファンタジー映画で、1989年公開作です。今はあまり言及される事も少ないですが、当時は名作としてよく名前が上がっていたと思います。主演のケビン・コスナーも人気がありました。
「ラムネモンキー」の最終回の前半は、事件の真相を解明したと思った主人公3人と白馬が、それぞれの道を行くという、トレンディドラマ感満載の描写がありました。38年前の犯罪では無理だが、現在の事件で黒幕を捕まえる、というドラマ的リアリティのあるシーンです。
普通のドラマならそこで終わる事も可能だとは思いますが、その後、どんでん返しがあって、オセロのように白が黒になり全てがひっくり返ります。アホの八郎はアホではなく、キンポーの母は認知症ではあるものの過去の秘密については正しい事を言い、そして、死んだはずのマチルダが思い出の場所で、3人の目の前に現れます(後ろ姿と声だけですが)。
マチルダが生きているのは、最初から伏線を仕込んであるので、既定路線だったと思います。トンちゃんというキャラクターは第1話の先生のシーンに出てきており、トンちゃんが表紙に描かれている「しろくろ」という漫画をユンの娘が読んでいる姿は、第2話から出てきます。第8話では、ガンダーラでトンちゃんのキャラクターがアップになった後、鏡餅が映るカットがあり、ユンの娘が漫画を読んでいるカットに切り替わります(表紙のキャラは見えにくい状態ですが)。また、キンポーのお母さんは第4話で水泳選手の話をしており、第6話では、居間でクロールの動きを練習してるシーンもありました。
現実的に考えれば、公安警察がマチルダに偽の身分証を作り、別人として逃亡させたのであれば、正攻法で見つけ出すのは不可能です。ユンが漫画の表紙のキャラクターに気づいて出版社に連絡をするのが一番現実味がありますが、ドラマで描くラストとしては地味です。
そこで、というか、だから、というか、黒幕が別件で逮捕されて命の危険が無くなり、主人公3人が記憶を取り戻して、マチルダとの約束を果たそうとしたので、思い出の場所に忽然と現れるファンタジーラストになったのではないかと考えます。つまり「それ(映画)を作れば彼(彼女)はやってくる」という事です。また、映画オタク的に言うと「考えるな、感じろ」という奴でもあります。
2枚目で紳士的な優等生のユン、減らず口でガチなオタクのチェン、優しい性格だけど、何をするか分からないジョーカータイプのキンポー、三者三様のキャラクターが描く師匠を探す過去への旅、とても面白かったです。長尺のおまけ付きの円盤でも出たら買いたいところですが、今のフジサンケイグループには、そこまで予算ないかもなぁ、と思ったりします。ソフト化より配信の方が主流ですしね。
ドラマ「インテリア・チャイナタウン」の長文感想
去年の年末に東京国際フォーラムで開催された、ジミー・O・ヤンのスタンダップライブに行きましたが、とても楽しかったです。円安のせいかチケットは高額でしたが、行ってよかったです。以下、親しみをこめて、ジミヤンと呼びます。
ジミヤンのライブの前に予習として、ディズニー+で配信されているジミヤン主演作『インテリア・チャイナタウン』を観ました。こちらも非常に面白かったです。
チャイナタウンの屋内で
ドラマの導入部分では、ジミヤンは親戚の経営する中華料理店のウェイターをしています。カンフーの得意な兄がいたのですが、現在は行方不明になっています。
ジミヤンの親友を、『クレイジー・リッチ』にも出ていたコメディアンのロニー・チェンが演じており、カンフーの得意な兄も同様に『クレイジー・リッチ』に出ていた俳優のクリス・パンが演じています。
以下にクリス・パンについての記事がありますが、筋肉ムキムキですね。
『インテリア・チャイナタウン』は、一言で言うと、失踪した兄の事件を解決しようとする弟の話ですが、メタフィクションというか、入れ子構造の作品になっています。原作小説が全米図書賞を受賞しており、タイトルの「インテリア・チャイナタウン」とは、撮影用語で「チャイナタウンの屋内」という意味だそうです。
以下、ネタバレしつつ、ドラマの感想を最後まで書きます。
ジミヤン演じるウィリスは、中華街にある中華料理店のウェイターです。その中華街で失踪事件が起こり、黒人と白人の刑事のコンビが主役の犯罪リアリティショー『Black&White』の撮影現場となります。中華街の犯罪の捜査をするために、中国系の女刑事ラナが捜査に加わります。
彼女と知り合いになったウィリスは、自分の兄の失踪事件をラナと一緒に解決しようとします。
ウィリスの兄は、実はカンフー・ガイと言うコードネームで警察の捜査に加わっていましたが、途中から様子がおかしくなり、行方不明になってしまいました。兄は、家族の期待を背負ったスターのような存在でした。ウィリスも同様にカンフーの練習をしていますが、兄のような才能も筋肉もなく、平々凡々な存在です。
トンネルを抜けるとそこは警察署だった
ラナと一緒に兄の事件を調べようとするウィリスに、不思議な現象が起こります。
なんの肩書きもない中国系アメリカ人のウィリスのままでは、女刑事ラナと一緒に警察署に入ろうとしても、中に入れません。謎の結界のようなものがあり、シャットアウトされてしまいます。
しかし、「中華料理の配達員」という役割を演じれば、その役割の範囲内での活動を許されて、署内に入れるのです。
その原理を活かして、ウィリスは中華料理の配達員(デリバリー・ガイ)から、犯罪捜査を手伝うパソコンオタク(テック・ガイ)になります。自分のラベリングを文字通り貼り替えて、署内に忍び込むのです。
ジミヤンは「シリコンバレー」で無愛想な中国人エンジニア役を演じてますから、これは自然な流れです。
このドラマの時代設定は、80年代後半〜90年代初頭のようです。兄の失踪時期は1984年頃で、そこから何年かたった頃が舞台となっています。兄の失踪時期である「1984」と言えば、有名なSF小説がありますが、ブラウン管テレビだったり、ウォークマンだったり、アーケードゲーム機だったりと、懐かしいアナログ機械やテクノロジーが描かれています。ドラマの後半部分には小型の携帯電話も出てきます。
ドラマの第2話、ウィリスが女刑事と車に乗って中華街から警察署へ移動するシーンがありますが、車は映画『ブレードランナー』で有名なトンネルを通り抜けます。このトンネルは同じく第2話の最後、ウィリスが中華街から抜け出す方法に気がつき、高揚感とともに自転車で駆け抜けるシーンにも使われています。
余談ですが、『ブレードランナー』の監督であるリドリー・スコットは「1984」という広告をアップル社のために作ってました。スーパーボウル用のTVCMだそうです。
また、ウィリスがテックガイになった第3話のエンディング曲は、YMOの“BEHIND THE MASK”でした。懐かしい。世界の坂本もお亡くなりになりましたね……
ブルース・リーか、それ以外か
さて、テック・ガイになった後、ウィリスは、警察のコンピュータの中に兄の動画を大量に発見します。兄のカンフー動画はブルース・リーの完コピばかりですが、これには意味があります。この動画に出てくる兄がカッコよすぎるため、ウィリスとラナはスナック片手に画面に観入っており、まるで家でレンタルビデオを観てるカウチポテト族(死語。ビデオ屋が増えた90年代前後に流行った)風でした。
ブルース・リーは主演映画で成功する前の1966年頃、アメリカで「グリーン・ホーネット」というテレビドラマでケイトー(=加藤)というカンフーの使い手を演じています。これは主役の相棒、サイドキック役でした。ちなみに『グリーン・ホーネット』は2011年に映画のリメイク版も作られています。セス・ローゲンが頑張ってダイエットしてアクションに取り組んだ作品で、相棒は台湾出身の歌手兼俳優のジェイ・チョウでした。
ブルース・リーは、このドラマの後、世界に名を残す大スターとなりましたが、カンフースター以外のアジア系の俳優がハリウッドで大役を演じる事は難しく、2018年の映画『クレイジー・リッチ』の大成功を経て、アクション以外でのアジア系の俳優たちのハリウッドでの活躍の場が広がったのです。
つまり、アクションスターではないコメディアンのジミヤンが、ドラマの脇役ではなく、主人公としてドラマを演じる役を得たという現実と、ドラマの内容がリンクしている訳です。
過去に連続ドラマに出ていたアジア系俳優といえば、「私はラブ・リーガル」に出ていたコメディエンヌのマーガレット・チョーか、「デクスター 警官は殺人鬼」のマスオカ役のC・S・リーが思い浮かびますが、どちらかといえば、お笑い担当という印象があります。
「アリーmy Love」のルーシー・リューは早い時期からスターになりましたが、映画『チャーリーズ・エンジェル』では共演者のビル・マーレイから侮辱的な扱いをされたと言われています。他には「ウォーキング・デッド」のスティーブン・ユアンや「HEROES」のマシ・オカもいますが、脇で印象的な役を演じる事はあっても、わざわざ主役に抜擢する理由がなかったのが、それまでのハリウッドにおけるアジア系の俳優ではないかと思います。
『トゥルーマン・ショー』と見えざる手
このドラマの感想を検索すると、『トゥルーマン・ショー』の名前が出てきますが、登場人物がさりげなく商品CMするところなどは同じです。あの作品は1998年の作品でした。パラノイアSF的世界観である「誰かに見られてる」「今いる自分の世界が変な事に気付く」という意味で同系列ですが、あの映画から30年ほどが過ぎ、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』や『フリー・ガイ』などの作品を経て、今作は、さらに複雑な世界構造になっています。
このドラマ、最初は刑事物のリアリティショーの世界に見えますが、実は、どこかの誰かが脚本を書いてる架空の刑事ドラマであり、おそらく、ウィリスやラナといった登場人物は、実在の人間や俳優というより、作中人物、キャラクターでしかないのです(断言はできませんが)。
『トゥルーマン・ショー』にはクリストフという番組製作者がいましたが、今作はいわば「ドラマ制作者(いわば神)の見えざる手」によって動かされているようです。
よく、小説家などが「登場人物が勝手に動いて、作者の予想外の行動をする」などと比喩的にいう事がありますが、このドラマでは作中人物の黒人刑事が「刑事ドラマあるある」な不自然さに気づいてしまい、最終的には刑事という自分の役割を放棄してしまいます。
黒人刑事がやる気を失っていくのと反比例して「尊敬する兄を探す健気な弟」という視聴者の共感を得られるキャラクターとなったウィリスは、メインキャラの刑事のひとりになり、お洒落な広告もまかされるようになります。しかし、どこかに存在する番組製作者や視聴者の“都合“で、突然、事件の犯人に仕立て上げられ、表舞台から強制退場させられそうになる、という風に展開します。
小ネタですが、このドラマ内、警察署の場面に切り替わると「ダッダン」という効果音が流れますが、これは「LAW & ORDER」という有名なドラマの効果音のパロディです。これはおそらく「現実ではなくドラマなんですよ〜」というヒントにもなっていると思われます。
また、警察署内の壁に掛かっている黒い猫の掛け時計は、キットキャットクロックという時計で、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のドクの家にある時計として有名だそうです。
ウィリスの兄が悩まされていた「誰かに監視されている」という感覚も、テレビドラマであればカメラがあって当たり前ですし、謎の中華系顔面ペイント軍団も、フィクションなので、悪人風に演出されていたが、実際は無関係という始末。
連続ドラマの世界の仕組みに気づき、追い詰められたウィリスは、観客や製作者に好まれるであろう筋書きを演じて、別の作品の中で再生しようとするのです。
キャラに人気があれば、大抵、スピンオフが作られますから……。
「インテリア・チャイナタウン」ラストエピソードの題名「ウィリス、ウィリス・ウー。」というのは皆さんお馴染みジェームス・ボンドの自己紹介「ボンド、ジェームス・ボンド」のパロディだと思いますが、名も無い脇役のウェイター(=ジェネリック・エイジアン・マン)ではなく、自分の機転で連続物の主役になったウィリスの事を意味してると思われます。
そんな訳で、マニアックな内容だと思いましたが、私は非常に面白かったです。製作・総指揮であるタイカ・ワイティティの作品は『マイティ・ソー』くらいしか観ていませんが、コメディアン出身なので、ジミヤンと相性良いんでしょうね。
ブルース・リーにはなれなかったが
余談になりますが、ブルース・リーとコメディと言えば、2000年代に、チャウ・シンチーが『少林サッカー』の成功後、『カンフー・ハッスル』でアメリカ進出したときの事を思い出しました。チャウ・シンチーはブルース・リーファンクラブ名誉会長なのですが、『カンフー・ハッスル』公開時の雑誌記事で「シンチーが体を鍛えてアクションにのぞんだが、上半身裸になったシンチーを見て、アメリカの観客は体が貧相だと感じた」というエピソードがあったと記憶しています。
ブルース・リーになれなかったアジア系俳優の死屍累々をのりこえ、普通の面白い中国系アメリカ人としてスターになったジミヤン。こんなドラマが作られるようになるなんて、良い時代になりましたね。
ジミー・O・ヤンのスタンダップ公演に行きました
2025年の年末に東京国際フォーラムで開催された、ジミー・O・ヤンのライブに行きました(以下、親しみをこめて、ジミヤンと呼びます)。
東京国際フォーラムのホールAで、アメリカのコメディアンのスタンダップのライブが開かれるというのは異例だと思いますが、今回、ほぼ満席だったので、今後はこのようなイベントも増えるのかもしれません。
時代は変わりましたね。

ジミヤンは、外見的には、中学か高校の卒業アルバムに一人はいそうな童顔の持ち主で、同窓会などで「お前変わってないな〜」と言われそうなタイプ。親近感のある見た目で、日本でいえば阿佐ヶ谷姉妹的な感じだと思います(阿佐ヶ谷姉妹は親戚にいそうな感じですが)。キャラクター的にも「普通の人」「スターっぽくない」事をウリにしてると思われます。
私は、ジミヤンの大ファンではないですが、アマプラで配信されてる彼の2本のスタンダップが大好きですし、ドラマ「シリコンバレー」映画『クレイジー・リッチ』はリアルタイムで観てますので、普通のファンではあります。ネトフリの恋愛ドラマ「ラブ・ハード」も観ております(余談ですが、このドラマの元ネタはスティーブ・マーティンの映画『愛しのロクサーヌ』だと思います)。
ジミヤンのスタンダップライブは、以前にも日本で開催予定があったのですが、その時は公演がキャンセルになっていました。
ググると、2022年12月に山野ホールでのライブがキャンセルになったとの事。
山野ホールは客席数800、東京国際フォーラムホールAは客席数約5000なので、規模がかなり違いますね。ご本人もステージ上で「日本で開催されたこの手のスタンダップのライブで、今までの最高規模だ」と語っていたと思います。
スタンダップの内容については、私の英語力の問題もあり、そこまで詳しく書けないですが、日本ネタの部分は、わかりやすくて笑いました。
私が誤解してる可能性もありますが、ジミヤンが日本でタクシーに乗った時、最初は単なる中国人観光客と思われて運転手の反応は薄かったが、「リッツカールトンへ行って欲しい」と伝えると、途端に「おお〜リッツカールトン!」となって盛り上がる、という話。
ジミヤンがハリウッドスターらしくなく庶民的なので、笑えるネタ、という事でしょうか。
ツアータイトルの「BIG & TALL」も若干自虐っぽいですが、「アメリカのビッグサイズは異常、俺もアジアに行けばメンズサイズ」というような内容で笑わせてくれました。
今回のツアーもそのうち、日本のアマプラなどで配信してもらえると良いなと思います。

また、ライブ終了後、客席にアツコオカツカさんの姿も見かけました。多分、旦那さんと一緒でした。
過去にアツコさんは日本でスタンダップの大きめなライブをやっており、その時の前座のユリエ・コリンズさんは今回のジミヤンの公演でも前座を務めていましたね。
前から気になっていたジミヤンの自伝エッセイ、キンドル版でも買おうかなと思っています。なかなか読む暇がないですが……
ドラマ「しあわせな結婚」にハマる
ドラマ「しあわせな結婚」にハマりました。
いまいち言語化できないけれど、
昭和の懐かしさを感じさせる部分が良かったのかなぁ
などと思っています。
大石静さんのドラマはそんなに観ておらず、
作家性みたいなのも全然分からないのですが。
このドラマの前に、観た事あるのは
「セカンド・バージン」「大恋愛」「知らなくていいコト」
「恋する母たち」「あのときキスしておけば」
「和田家の男たち」「光る君へ」かなぁ。
ネトフリで宮藤官九郎さんと共同脚本だったという
「離婚しようよ」も観ました。
恋愛ものが得意なのかな、というざっくりとした印象です。
クドカンと言えば、阿部サダヲ主演「不適切にもほどがある!」のプロデューサーは
大石さんの「恋する母たち」の同じプロデューサーで
出演者も被っているので、「ふてほど」の宣伝の時に
「恋する母たち」の名前がなんども出てきた事を覚えています。
「しあわせな結婚」の番宣の動画を見ていたら、
大石さんは、今回のドラマについて
「坂元裕二さんの『スイッチ』の阿部さんがカッコよかったので、
そのキャラクターをイメージした」というような話をされていました。
松たか子さん主演のものが好きで繰り返し観ていたので、楽しみでした。
その辺の事前情報から「しあわせな結婚」を観はじめましたが、
テレビ局の部分は「ふてほど」、松さんの部分は「カルテット」、
家族の部分は「和田家の男たち」という感じで、なんとなく
不思議なドラマというか、奇妙なデジャブ感のあるドラマだな、
と感じていました。
具体的に言うと、松さんの演じるネルラが
クロワッサンをボロボロこぼすのは
「大豆田とわ子と三人の元夫」の「クロワッサンって
食べかすをこぼすほど運気が逃げるらしいですよ」というセリフ、
レオと泣きながらおむすびを食べるのは「カルテット」の
「泣きながらご飯を食べたことのある人は生きていけます」
というシーンを思い出します。
そんな違和感もありつつ、
傲慢な芸術家描写、舞鶴の家族旅行、過去の誘拐事件、
突如出てくる松崎しげるなど、なんとなく昭和レトロ感のある
ストーリーライン、サスペンスとコメディのバランスが
上手いのか下手なのか分からない感じ、そして毎回ドラマの流れと
そこまでシンクロしてなくとも、ドヤッとばかりに流れるOASIS……、
サスペンスとしての緊密感は薄いものの、奇妙なバランスで
物語が進んでくのに、ハマってしまった感じです。
X(旧twitter)上で、こんな指摘がありました。
「同名の映画『愛のメモリー』は誘拐事件の話で、
イタリアで絵画修復師をする登場人物も出てくる」
調べると映画の『愛のメモリー』の方が、
1976年で曲の発表より前ですし、
曲と映画に直接の関係はないと思いますが、
この指摘を見て「なるほど、ビンゴ!」と感じました。
ヒッチコックへのオマージュ作品であることは有名です。
大石さんの今回の作品は、いくつかの作品、作家に対して
意図的にオマージュを捧げたのではないかな、と感じました。
和歌で言えば「本歌取り」とでも言うのでしょうか。
タランティーノがよく言ってた「元ネタがあるんだよ!」
というやつです。
他の作家のオマージュを公言するのは、
ベテラン作家だから許される事だろうとは思います。
坂元裕二ファンから、この作品はどう思われてるのかなぁ、
とも思ったりしますが。
阿部サダヲの役は有能でかっこいいですが、
松さん演じるネルラの得体の知れなさもなかなかです。
女優としての松さんは割と好きですが、「女神みたいだ」と一目惚れされる
雰囲気はネルラにないような気がします。なぜなら無愛想だから。
テレ朝の番宣のポッドキャストを聞いても、「ネルラはセリフが
少なくて苦労してる」ような事をおっしゃってましたし、
髪型も中途半端で笑顔のないネルラは、男性から見て
そんなに魅力あるのかな〜? 若い刑事が惚れるかな〜?
という疑問がありますけれども。
脚本の段階では、ネルラは、ジャンヌ・モロー的な、
ヨーロッパのかっこいい女優をイメージしてるのかなぁと思いました。
そう言えば、先週、元・文春記者チャンネルというYOUTUBEで
「しあわせな結婚」は木原事件そっくり?という動画が出てました。
言われてみれば、確かに部分的に似てますよね。事件が再捜査された経緯とか。
検索したところ、本家の週刊文春では、すでに
今年の2月の時点でこんな記事が出てた様子です。はやい。

色々書きましたが、今夜、最終回なので、
どんなラストになるのか、楽しみです!
「バチェラー・ジャパン」シーズン6を最後まで観ました
「バチェラー・ジャパン」シーズン6、
最終話とスタジオトークを観ました。
ラストに選ばれた石森さんは、結婚相手として良さそうですよね。
久次米さんと釣り合いが取れている、対等な感じです。
最後の家族回で、石森さんのお父様って、お蕎麦屋さんだったっけ、
とうろ覚えで視聴し始めたのですが、ビジネスマン然としていたのに
驚きました。
石森さんの登場シーンを観返したところ、
「父の家系がそば粉屋さんをやっている」という話でした。
ネット検索すると、お爺様が製粉事業をされていたそうで。
今更ですが、久次米さんが白いタキシードで立ったまま、
そばを食べるのは大変そうだなと思いました。めんつゆが跳ねるので。
麺類ではなく、西山さんみたいにおにぎりなら食べやすいですね。
最後に負けた小田美夢さんは今後、女子人気が出そうなので
出演して良かったのではないでしょうか。
美容系とかサウナ系のインスタグラマーができそう。
今回の結果はシーズン1の蒼川、森田っぽい感じですよね。
頑張らない人と一生懸命な人が戦って、
頑張らない人が勝ったんだなぁという印象です。
そして、スタジオトーク、西田さんがめっちゃ綺麗で驚きました。
本編のオバみは、バチェラーの前で緊張していたためかもしれません。
毎回そうですが、本編よりも、スタジオでドレスを着てる時が
皆さんいちばん華やかで綺麗だなと感じます。
ジュリアさんも美しかったですし、さすがでした。
あと、辻本さんのコメント能力の高さが光ってましたね。
「も〜、恋愛のハードルが上がりすぎちゃってぇ〜」と言うアレ。
製作陣が欲しいコメントそのままでナイスでした。
辻本さんには幸せになって欲しいです。ほんまに。
今回は、波乱が少なく、久次米さんからも苦悩が感じられず、
石森さんは淡々としていて、全体的にあっさりしてましたね。
「バチェロレッテ3」の時から感じていますが、現在は、
リアリティショーは、番組の演出で炎上する事がないように、
出演者に対する縛りを緩めてる気がします。
ネットの誹謗中傷が社会問題になってますから。
まぁ、あっさりしすぎてて、石森さんが仕込み要員に
見えなくもないですが、お二人が幸せそうなので良かったです。
また、久次米家のご両親のインパクトの強さも凄かった。
わざわざ参加女性たちに「ありがとう」と言いに来るところが
「女性客が多い美容外科の医院長」だなぁ、と思いました。
ご両親は理解があり、なおかつ正論を吐く印象があるので、
子供としては、越えるのが難しい壁と感じました。
その影響で、久次米さんは、しっかりしすぎない
ふわっとした感じの女性が好きなのかなぁ、などと思いましたね。
